昭和の面影と「菫(すみれ)」の記憶をつなぐ…古市の喫茶店「エルザ」 を訪ねて…

 城東区の関目から古市、野江にかけて歩を進めると、ふと目に留まる名前があります。学校、公園、マンション、そして街角の案内板。そこには「スミレ(菫)」という可憐な名が、記号のように点在しています。

現在の行政地名からは消えて久しいこの名が、なぜこれほどまでに地域に根付いているのか。その歩みを紐解くと、かつてこの地に存在した一軒の別邸と、一人の実業家の足跡に突き当たります。

1.地名の由来:庭園に咲いた一輪の花から…

スミレという地名のルーツは、明治から昭和にかけて活躍した北前船主で実業家、「十一代目 右近権左衛門(うこん ごんざえもん)」にあります。

現在の城東区古市周辺は、かつて広大な土地が右近家の所有地でした。大正時代、この地に右近家の別荘が建てられ、その庭園にスミレの花が美しく咲き誇っていたことから、別荘は**「菫の荘(すみれのそう)」**と名付けられました。

①.湿地帯に現れた「白亜の洋館」

現在の城東区古市の場所に、存在した「大阪大国技館」

当時のこのエリア(古市・関目周辺)は、まだ田畑や湿地が広がるのどかな農村地帯でした。そこに突如として現れたのが、右近権左衛門の別邸「菫の荘」です。

  • 建築様式: 広大な敷地内には、当時流行していた和洋折衷の豪華な邸宅が建てられていたと伝えられています。
  • 庭園の主役: 名前の由来通り、春になると庭一面に紫色のスミレが咲き乱れ、周辺の農風景の中で際立って優雅な空間を形作っていました。

②. 独自の「水運文化」との共存

「中菫橋(なかすみればし)」から城北運河を望む

今の街並みからは想像しにくいですが、当時は「榎並川(えなみがわ)」などの運河が縦横に走っていました。

  • 舟での来訪: 右近家は北前船主の流れを汲む豪商です。当時は道路よりも水路が整備されており、大阪市内中心部から舟でこの別荘を訪れることもあったと考えられます。
  • 静寂な郊外: 今の京阪沿線や内環状線の喧騒はなく、水面に映る緑とスミレの花が揺れる、非常に静かな「大人の隠れ家」のような場所でした。

③.「菫住宅地」への転換期(大正末期〜昭和初期)

昭和時代「菫住宅地」の名残が今も残る

1925年(大正14年)の大阪市第二次市域拡張を境に、この静かな別荘地は「都市化」の波に飲み込まれていきます。

  • 理想的な郊外生活: 右近家はこの広大な所有地を、ただ切り売りするのではなく「計画的な住宅地」として開放しました。
  • インフラの整備: 街灯が並び、区画の整った「菫住宅地」は、当時の大阪市民にとって憧れのモダンな住環境でした。この時、別荘の名前であった「スミレ」が、高級な住宅ブランドとして街全体に広がっていったのです。

④. 教育の礎となった「寄附」

右近家と「菫の荘」が地域に残した最大の功績は、実は「土地の寄附」にあります。

  • 学校建設への協力: 地域の子供たちのために、右近家は所有地の一部を学校用地として提供しました。これが現在の「大阪市立菫小学校」や「菫中学校」の敷地の一部となっています。
  • 名前の継承: 校名に「菫」の名が採用されたのは、単に地名だったからではなく、この地を育んだ「菫の荘」への敬意と、土地を提供した右近家への感謝が込められていたといえます。

2.「菫住宅地」というブランドの誕生

現在の街並み(古市地区)

昭和初期、大阪市内の人口急増に伴い、郊外の宅地開発が急速に進められました。右近家が所有していたこの地もまた、分譲住宅地として整備されることになります。

開発にあたり、かつての別荘の名を冠して「菫住宅地」と名付けられたこのエリアは、当時としては先進的な新興住宅街として売り出されました。1933年(昭和8年)には、行政地名としても正式に「菫町(すみれちょう)」が誕生。人々の暮らしの中に、「スミレ」という言葉が鮮やかに溶け込んでいったのです。

3.地名は消えても、記憶は残る

スミレ商店街

戦後の住居表示変更により、「菫町」という住所は「古市」や「関目」といった地名へと統合され、地図の上からは姿を消しました。

しかし、その名は今もなお、地域の大切な結び目として機能しています。

  • 学び舎の名として: 大阪市立菫中学校、菫小学校
  • 人が集まる場所として:スミレ商店街、 菫市場前(バス停)
  • 住まいの名として: 多くのマンション名に採用される「スミレ」の響き

それは、かつての美しい庭園の記憶を、形を変えながら受け継ごうとする地域の人々の愛着の表れかもしれません。

4.喫茶「エルザ」が醸す“地域の時間”

喫茶エルザ

スミレという地名に想いをはせながら散策を続けていると、ふと一軒の小さな喫茶店が目に飛び込んできました。喫茶・軽食「エルザ」です。モーニングセット300円の看板。これは「昭和」の時代から営業していると、直ぐにピンときました。ここなら、「菫(すみれ)の荘」の話が聞けるかもしれません。そう思って一歩店内に入ると、そこは常連さんのおじいちゃん・おばあちゃんの賑やかな話し声が店内に響き渡っていました。

モーニングセット

モーニングセットを注文し、この地が歩んできた歴史に想いを馳せます。運ばれてきたのは「トースト・ゆで卵・バナナ」という極めてシンプルな構成。ただトーストを口に入れると、じゅわっと甘味が広がります。「はちみつバタートースト」本当に懐かしい味です。子供の頃、バタートーストの上に、はちみつや砂糖をかけて食べていたのを思いだしました。

エルザ店内(コーヒーの回数券が沢山ぶらさがっているのは常連さんが多いお店の証)

意を決して店員さんに尋ねたところ、はっきりした創業年月日は分からなかったものの、どうやらこの地で半世紀以上営業を続けているとのことです。また常連さんたちから、「スーパーカナエ」のことや昔のスミレ地区のことも色々と聞くことができました。

【編集後記】

エルザの周りには数多くの市営住宅が立ち並ぶ

こうした歴史を背景に眺めると、「エルザ」の存在はより愛しく感じます。昭和の名残を留めつつも、スミレ地域の人々が長年にわたって紡いできた「日々の営み」を穏やかに受け止める場所──それが「エルザ」ではないでしょうか。

店先に腰掛けてコーヒーを飲めば、ふとこの地が歩んできた歴史が胸に浮かびました。商店会が賑わった頃の人々も、きっとどこかの喫茶店で同じように湯気の立つカップを前に、一息ついていたことに違いありません。

喫茶エルザは、古市の今と昔をゆるやかにつなぐ“生活の風景”として今も息づいています。是非あなたも「菫の荘」の記憶を宿す町並みを歩きながら、地域に流れる時間を味わってみてはいかがでしょうか…

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