【大阪の歴史】第3回「中世の戦乱と自治都市」

皆さん、こんにちは。大阪の歴史を巡る旅、第3回は「中世」に注目します。

この時代、大阪は平安・鎌倉時代の篤い信仰の場から、南北朝・戦国時代の激しい戦乱の舞台、そして商人たちの自治による自由な都市へと、激動の変遷を遂げました。

1. 信仰の拠点:四天王寺と住吉大社(平安時代〜鎌倉時代)

難波宮が衰退した後、上町台地の発展を支えたのは四天王寺でした。平安時代以降、浄土思想の聖地として広く信仰を集め、門前には多くの人々が集まり、15世紀末には7000軒もの人家が並ぶほどでした。

また、住吉大社も古くから朝廷や武家から篤く崇敬され、鎌倉時代には様々な影響力を持っていました。

2. 楠木正成の伝説的奮戦:千早城の戦い(鎌倉時代末期)

1333年(元弘3年)、後醍醐天皇に呼応した楠木正成が、金剛山にある千早城で鎌倉幕府の大軍を相手に籠城戦を繰り広げました。

わずか1000人足らずの兵で、幕府側の数万とも言われる大軍を2ヶ月以上にわたって足止めし、幕府滅亡に大きな役割を果たしたこの戦いは、今も歴史の大きな転換点として語り継がれています。

3. 世界と繋がる自治都市「堺」の繁栄(室町時代〜戦国時代)

室町時代になると、堺が日明貿易の拠点として飛躍的に発展しました。

堺の特徴は、周囲に堀を巡らせ、会合衆(かんごうしゅう)と呼ばれる豪商たちが自分たちで町を運営した「自治都市」であったことです。戦国時代には鉄砲の生産地としても有名になり、日本でも類を見ない独立した経済・文化圏を築きました。

4. 戦いの中から生まれた寺内町:石山本願寺(戦国時代)

1496年(明応5年)、上町台地の北端に蓮如が坊舎を築きました。これが後の「大坂本願寺(石山本願寺)」の始まりです。

本願寺を中心に広大な寺内町が形成され、巨大な宗教都市へと成長しましたが、後に天下統一を目指す織田信長と激しく対立することになります。1570年から11年にも及ぶ「石山合戦」の末、本願寺は退去しましたが、この地が後の大坂城築城の舞台となりました。

中世の面影をたどるスポット

戦乱と自治の時代を今に伝える場所を紹介します。

大阪が自治や自由の精神を育んだこの時代。次回は、豊臣秀吉によって巨大な城下町へと変貌を遂げる「豊臣政権の時代」についてお話しします!

<あわせて読みたい:シリーズ「大阪の歴史」>

【大阪の歴史】第1回「先史時代の大阪」

【大阪の歴史】第2回「古墳時代と古代の王宮」

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