【大阪の歴史】第7回「幕末と明治の文明開化」

皆さん、こんにちは。「大阪の歴史」シリーズ第7回は、激動の「幕末から明治」へと進みます。

徳川の世が終わりを告げ、近代国家へと歩み出した日本。その大きな転換期の中で、商都・大阪もまた、未曾有の混乱と劇的な近代化を経験することになります。

1. 荒波の幕末:天災・黒船・大坂城炎上

江戸時代後期、大阪は度重なる困難に直面しました。1854年(嘉永7年)にはロシア軍艦「ディアナ号」が天保山沖に停泊し、開国を迫ります。同年、安政南海地震とその津波によって大阪は甚大な被害を受け、物価高騰も相まって庶民の不満は頂点に達しました。

政治の舞台でも大きな動きがありました。1867年(慶応3年)の大政奉還後、翌1868年に鳥羽・伏見の戦いが勃発。敗れた旧幕府軍の徳川慶喜は大坂城を捨てて江戸へ逃れ、その直後、豊臣時代から続く歴史の象徴であった大坂城は炎上・落城してしまいました。

2. 「大阪府」の誕生と「水の都」の変貌

明治維新により、1868年(慶応4年/明治元年)に「大阪府」が誕生します。同年、大阪は開港地となり、川口(現在の西区)には外国人居留地が設けられました。そこには洋館や教会が立ち並び、大阪における「文明開化」の象徴的な場所となりました。

都市の景観も大きく変わります。それまで中之島周辺に立ち並んでいた諸藩の蔵屋敷は取り壊され、後に洋館と緑が共存する公園へと整備されていきました。また、兵部省の管轄となった大坂城内には「大坂造兵廠(砲兵工廠)」が設置され、軍事拠点としての性格を強めていきます。

3. 近代化の旗手とインフラの整備

明治の大阪は、新たな産業の芽が次々と育つ場所でもありました。

  • 造幣局の創業(1871年):貨幣鋳造を担う近代的な工場として誕生しました。
  • 鉄道の開通(1874年):大阪駅が開業し、交通網の近代化が加速します。
  • 五代友厚の活躍:大阪経済の立て直しに尽力し、大阪商法会議所(現在の大阪商工会議所)などを設立。「東の渋沢栄一、西の五代友厚」と称されるほど、大阪の発展に寄与しました。

この時代、緒方洪庵の適塾などで学んだ福澤諭吉や大村益次郎といった志士たちが、新しい日本を作るために大阪から羽ばたいていったことも忘れてはなりません。

文明開化の足跡をたどるスポット

激動の時代を今に伝えるスポットです。

  • 造幣局(北区):創業当時のレンガ造りの建物(旧正門)や、貨幣の歴史を学べる博物館があります。
  • 適塾(中央区):幕末の蘭学者・緒方洪庵が開いた私塾で、当時のままの姿で現存する貴重な史跡です。
  • 川口居留地跡(西区):現在は教会が残っており、かつての外国人居留地の面影を感じることができます。

幕末の戦火を乗り越え、近代都市へと脱皮を図った大阪。次回は、さらなる産業の発展を遂げ、「東洋のマンチェスター」と呼ばれた「大大阪時代」の輝きをご紹介します!

<あわせて読みたい:シリーズ「大阪の歴史」>

【大阪の歴史】第1回「先史時代の大阪」

【大阪の歴史】第2回「古墳時代と古代の王宮」

【大阪の歴史】第3回「中世の戦乱と自治都市」

【大阪の歴史】第4回「豊臣政権の時代」黄金の栄華と大坂炎上

【大阪の歴史】第5回「天下の台所」への道

【大阪の歴史】第6回「上方文化と学問の時代」

【参考文献】

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